博物館のお仕事

児童向け、マンモスと土偶に挑戦!?

 夏休み、当教育委員会では、数年前から児童預かりをしております。担当者M君は超頑張っています。私(学芸員)も少しだけ手伝いをしますが、昨日は子供たちと一緒に、「マンモスの壁画を描く」と「土偶を折紙で作る」をしてみました。

 マンモスの壁画については、昨年、当館で五十嵐ジャンヌ先生に教えていただいたワークショップをもとにしています。
 今回は、はじめに模型を見ながらマンモスを描いてみて、そのあと旧石器人の描いたマンモス壁画の特徴を伝えながら再度描くという方法をとってみました。
 相手は小学校4年生以下でしたが、これが旧石器時代と呼ばれる時代のヨーロッパの洞窟壁画をもとにしていることも説明しながらです。マンモス(ケナガマンモス)という生物の説明もします。氷河期という言葉も使います。

マンモスを描く 

 全部は理解できないかもしれません。しかし私は、このレクチャー部分も重要と考えています。

 土偶については、縄文時代の説明からです。台所の鍋と縄文土器の関係、土偶と埴輪は別である、国宝ってなに?もちろん質問が出れば、精一杯答えます。
 色々と制約もあり、粘土ではなく折紙という手法ですが、作る喜びも体験してもらえればと。なお、土偶の折紙については、『折る土偶ちゃん ー作って発掘・縄文おりがみ』(朝日出版社・文:譽田亜紀子/折り紙+装丁:COCHAE)を参考にさせて頂きました。

土偶の折紙

 当博物館では、常時ワークショップなどを行う余裕がありませんが、学ぶ大切さを伝えることは、忘れずにいたいと思います。

栃原岩陰遺跡の土器から、マメ発見!

種子圧痕が発見された土器片

7月16日の『信濃毎日新聞』でも取り上げて頂きましたが、栃原岩陰遺跡出土の土器片から、マメ科に属する種子圧痕が発見されました。

圧痕というのは、土器の表面にみられる小さな孔などを指し、これにシリコンゴムを流し込んで顕微鏡などで観察すると、植物の種などが含まれていることが分かってきたのです。
これは圧痕レプリカ法と呼ばれる研究で、これにより、縄文時代にマメ類(アズキやダイズの仲間)、シソ(エゴマ)など、食料にすることの出来るものが、彼らの身近にあったことが分かってきました。さらに、このような植物を栽培していた可能性も指摘されています。

北相木村教育委員会では、現在栃原岩陰遺跡の遺物整理作業を行っていますが、この度「明治大学黒耀石研究センター」と「土器種実圧痕研究グループ」の調査により、全部で6点のマメ科の種子圧痕が見つかり、そのうち2点はアズキ亜属とダイズ属であると分かりました。
土器は縄文時代早期のはじめ頃(およそ11,000〜10,000年前)のものと思われ、現在全国各地で見つかっているマメの圧痕としてもかなり古いものと予想されます。
今後の縄文時代研究で、注目されるかもしれません。

写真は、放射性炭素年代測定でおよそ10,800年前とされ、ダイズ属と思われる種子圧痕が発見された表裏撚糸文土器です。
左上の小さな孔が、種子圧痕になります。

尚、詳しい報告や展示についての情報は、随時このブログでも紹介していきます。

栃原岩陰遺跡の土層サンプル

栃原岩陰遺跡の土層サンプルの写真

栃原岩陰遺跡は、1965年から発掘調査がなされましたが、その際、埋まっていた土の一部をサンプルとして保存していました。
今回その土層サンプルを分析し、中に入っていた植物などの痕跡を探し出すことになりました。総重量およそ50キログラム。
縄文時代早期の植生や、自然環境に迫る目的です。どんな結果が出るでしょうか?今から楽しみです。

貝殻のアクセサリー作り(実践)

メダカラガイ貝の背の部分を石の上でこすっている写真

先日、村の子どもたちを対象に、メダカラガイの貝殻を使ったアクセサリー作りを行いました。
やり方は簡単。貝の背の部分を石でこすって、輪っかのかたちにするだけです。
みんなで、ゴシゴシ。

完成を喜ぶ子供たちの写真

皆で完成を喜ぶの図。よかったねぇ。

タカラガイとビーズを合わせたネックレス写真

ちなみに、完成するとこんな感じです。
流石にタカラガイだけだとさびしいので、ビーズを入れておりますが、ツノガイなども混ぜていけたらいいですね。

貝殻のアクセサリー作り(試作中)

貝殻2個の写真

博物館では何種類かのワークショップを行いますが、栃原岩陰遺跡ではせっかく「海の貝のアクセサリー」が出土しているので、これを体験出来ないか、画策しています。

貝殻7個の写真

これらが、栃原岩陰遺跡で出土した貝製品。約10000年前のものです。小さなタカラガイを何種類か使っています。

石の上で貝の背の部分をこすり削る写真

まずは貝殻の背の部分を、河原で拾った石でこすり削っていきます。石がよければ、ほんの数分できれいに削れます。

シカの角でいらない部分を除去する写真

出土品を観察すると、中身の部分も一部欠けているものが多いので、その部分をシカの角を押し当てることで除去してみました。

右が出土品左がタカラガイの写真

写真右が出土品、左が今回作ったものです。ほぼそっくりになりました。

タカラガイのネックレス写真

ちょっとヒモが太いですが、完成です。1つじゃ少しさびしいですね。
こんなかたちのワークショップも模索中です。ご期待下さい。

尚、今回使用したメダカラガイは、市原市教育委員会の忍澤成視さんにご提供いただいたものです。この場を借りて感謝申し上げます。

桜とともに、お待ちしております。

博物館前の桜

御代田町浅間縄文ミュージアムの堤隆学芸員による、信濃毎日新聞連載「縄文へ行こう!」の4回目で、栃原岩陰遺跡を取り上げて頂きました。
おかげさまで、先週末はたくさんのお客様にお越し頂きました。ありがとうございました。

博物館前の桜も、今週末には咲くでしょうか?ご来館、お待ちしています。

今年も、栃原岩陰遺跡の遺物整理作業

土器の分類とデータの入力作業
土器の分類とデータの入力作業

2月27日から3月1日まで、今年も考古学を学ぶ院生や学生が中心となり、栃原岩陰遺跡の遺物整理作業が行われました。
1965年に発見された栃原岩陰遺跡は、縄文時代早期の遺跡として有名ですが、その正式な報告書は未刊行のままです。
北相木村教育委員会では、その刊行を目指して、毎年このような機会を設けています。

土器の時期区分を試みる方々
土器の時期区分を試みる

そして、実際に作業にあたる学生さん以外にも、過去に北相木村を訪れてくれたたくさんの研究者や社会人の方々が、応援に駆けつけてくれます。

当館の、かけがいのない財産です。

栃原岩陰遺跡の報告書は、平成30年度の刊行を目指します。

栃原岩陰遺跡の土器を探る(明治大学の皆さん来館)

土器の調査をしている明治大学生の写真

一昨日から、明治大学の考古学専攻の皆さんが、栃原岩陰遺跡の土器の調査に来ています。約一万年前の縄文時代早期の土器の編年に、一石を投じる成果が期待出来そうです。

小学生、中学生の来館

土器などの遺物を手に取って観察する子供たちの様子

この時期、近隣の学校の来館が多くなります。大変ありがたいことですが、特に中学生には、地域における美術館・博物館の役割も、ほんのりお話ししています。

それにしても、やっぱり本物の土器や石器に触れてもらうと、皆さん俄然興味津々ですね。こういう時間も大切にしていきたいと思います。

栃原岩陰遺跡の整理作業 2014

遺物のカウント作業をしている学生達
遺物のカウント作業

少し前の話になってしまいましたが…。
去る3月初旬に、栃原岩陰遺跡の遺物整理作業を行いました。今年は早稲田大学、東海大学、明治大学の学生院生、そしてその指導者の方々が、作業を行ってくれました。

土器の拓本作業をしている様子
土器の拓本作業

今回は特に、栃原岩陰遺跡の正式な報告書の刊行を念頭に置き、博物館に収蔵されている関連遺物の量的な把握を目指しました。
その結果、土器片は7,000点以上、骨資料にいたっては、およそ120,000点が未整理であることがはっきりしました。

今後、どのような作業をどのような体制で行っていくべきか、じっくりと考えながら、報告書刊行を目指したいと思います。

今後とも、皆様のご協力をお願いいたします。

(作業に参加してくれた皆様へ、この場を借りて、改めて御礼申し上げます)

子どもたちと、骨角器づくり。

博物館脇の河原で石拾いをする子供たちの様子

3月末、村教育委員会で行っている春休みの児童預かりで、博物館を利用しようということになりました。せっかくですので、ただ見るだけではなく、シカの角をつかったペンダント作りにも挑戦。凄く寒い日でしたが、博物館脇の河原で石拾いから。その後、石でごしごし削りました。

トレイの上に石を置き、その石でシカの骨を一生懸命削る子供たち

しかし、予想外に時間がとれたので、急遽その場の思い付きですが「シカの骨、誰が一番細く削れるか大会」を開催。これが意外と好評でした(笑)。

当館も、もっと地域のみなさんとの交流を深めていきたいものです。

かなんばれ 雛流し

紙で作られたひな人形が、サンダワラに乗せられて川を流れる写真

3月3日の節句、ここ北相木村では、家難祓(カナンバレ)という行事が行われます。
「家の難事・世の中の災い事・人のけがれやわずらい」を、人形が身代わりになって祓い流してくれる、という古くからの信仰です。

子供たちがお汁粉を食べたり手をたたいて歌を歌ったりしている写真

かつては(少なくとも戦前のある時期までは)、各地区ごとの小学生の女の子が行なっていたようです。子供たちは、古くなった雛人形やお餅などを持って川原に集まり、むしろや蚕篭(かいこかご)などで簡単な小屋をつくり、そこに人形を飾りました。そして、お汁粉などを食べ、歌い楽しんだ後、雛人形で体をなで、それを川に流していたそうです。

雛人形を川に浮かべ手をあわせる子供たち

戦前までは、このような行事が各集落で盛んに行なわれていたようですが、昭和50年代になり、村小学校の行事として行われるようになりました。現在は村老人クラブの方々が、サンダワラ造りを指導し、子供たちは役場前の川原でお汁粉をすすり、自分達で作った雛人形を、祓いごとを書いた紙とともに川に流します。

流れてくる雛人形を下流で待つ学芸員の写真

人形にいろいろなものを付託して流すのは、中国道教的思想の影響で8世紀頃からあるといいます。また、各節句の日に浜辺や川原などで遊ぶ行事は全国的にあったらしく、これは「イソアソビ」「ヤマアソビ」などと呼ばれていました。

小さな山村に残された、過去の記録と言えそうです。

 

なお、学芸員の仕事は、雛人形の回収です。現代的ですね。

それぞれの、骨角器づくり

河原で石を拾い、作業している小中学生の写真

先日、近隣の小中学生の皆さんが当館を訪れ、ワークショップとして「シカ角のアクセサリーづくり」を行いました。
河原で石を拾って、シカの角を削ります。皆さん、楽しそうに取り組んでくれました。

学生2人が骨角器実物を観察している写真

続いては明治大学考古学専攻の皆さん。こちらは実物を良く観察してから。

先生が釣り針を手作りしている写真

8月17日のイベントでご講演頂いた藤山龍造先生も、自ら釣針を作られます。
これがまたお見事でした。

学生達が作った骨角器を観察している写真

そして、作った骨角器を再び観察。若い皆さんの研究の一助となれば幸いです。

それぞれの目的にあわせた骨角器作り。今後当館のワークショップの柱として、様々なプログラムを開発出来ればと思います。

考古学の基本

考古学を教えたり学んだししている若い方達が訪れている写真

このところ、大学で考古学を教えたり学んだりしている若い方達が、当館や村内の遺跡を訪ねてきてくれます。
先週は國學院大学、昨日は明治大学の皆さんでした。

学生たちが土器などの遺物を手に取って観察している写真

全員が熱心に遺物を観察します。やはり考古学の基本は、自分の目で良く観ることです。

若い学生さんの中から、将来の考古学者が生まれるといいですね。人材を育てるのも、博物館の大きな使命だと私は考えます。
本日は横須賀考古学会の方々にもお出で頂きました。

 

皆様、またおいで下さい。

栃原岩陰遺跡縄文体験フェスティバル2014

収蔵品の貸し出し

収蔵品の移動をしている画像

博物館の収蔵品は、時々出張します。今回は栃原岩陰遺跡の土器や石器、骨角器を、愛知県豊橋市美術博物館の特別展示「嵩山蛇穴と縄文のはじまり」の中で、大勢の方にご覧頂くこととなりました。
収蔵品の移動は、貸す方も借りる方も緊張する作業です。

栃原岩陰遺跡縄文体験フェスティバル2014

小学校の見学

小学生が縄文土器を触っているところ

今週、北相木村小学校の3年生が、博物館の見学に訪れました。まだ学校では歴史を習っていませんが、全員が縄文博士になれましたね。

写真は村内坂上遺跡で出土した、約5000年前の縄文土器を触っているところ。博物館では、こんな体験も出来ますよ。